人生は出逢いの連続~例外を作らない~
おはようございます。
今朝はいつもの時間に起床して、すぐに朝のはがきタイムでした。
はがきタイムの後、北杜市小淵沢の身曽岐神社向かいにあります彩香房さんで一昨日、焙煎して頂いた珈琲をゆっくりと淹れて、こちらを書いています。
さて、本日は「人生は出逢いの連続」副題として「~例外を作らない~」について、私のはがき人生を振り返りながら、お話させて頂きます。
2008年5月に中村文昭氏の講演会に参加したのをきっかけに私のはがき人生が始まるわけですが
yamanokumasan0102.hatenablog.com
8月27日のブログで書かせて頂きましたように↑↑、主に20代の時、本当に色々な分野の方に出逢わせて頂きました。
有名どころでいけば、イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏、月刊雑誌「致知」の出版社・社長(編集長)の藤尾秀昭氏、長野県・伊那食品工業株式会社(通称かんてんぱぱ)創業者の塚越寛氏、志ネットワーク代表の上甲晃氏、他ここに全員のお名前を書くだけで、一つのブログになってしまうほど、本当に大勢の方へ出逢わせて頂きました。特に鍵山秀三郎氏と上甲晃氏には、長きに渡って誠にお世話になりました。はがきのやり取りも膨大な量です。
1回だけ会うことは誰にでもできます。例えば上記した方々は、著名な方ですので、講演会や何かの立食パーティーなどへ参加して、名刺交換などすればよいわけです。でも、それを2回3回とつなげていくのが難しいのかもしれません。
私は2008年5月~はがきを書いていましたが、一つルールを設けていました。
「名刺交換したら、即日にお礼状を書く」(一切の例外を作らずに)
です。
これを実践し続けてきました。そうしたらはがきを始めて3か月後に「はがき道の実践者」が現れました。その方は、はがきを書いていようがいまいが誰に対しても公平に接する方でしたが、その方の教えでは「そうじとはがきは車の両輪」、「読書(主に古典)は心の栄養」と仰り、自身が主催する「読書会」、そして「そうじに学ぶ会」の中で、実践を通して背中で教えてくれる方でした。
私がはがきを既に書いていたものですから、より徹底して実践を通して教えられました。
その中で「一切の例外を作らない」ということが、どれほどの実践力なのか、身をもって教えられたエピソードがあります。
私がその方に出逢って半年後、JR中央本線・甲府駅南口で「山梨そうじに学ぶ会」が主催して「甲府駅街頭掃除に学ぶ会」というものが、2009年4月に発足しました。
毎月第一日曜日の午前6時~7時までの1時間実施、ということで、そうじに学ぶ会を中心に行っているのですが、私はここに2009年6月から2017年1月まで、文字通り一切の例外を作らずに参加し続けました。月1回なんてラクじゃないか?と思う方もいるかもしれませんが、これがけっこう大変なことです。
第一日曜日はなぜか結婚式が多くて、何回、友人・知人の結婚式を断ったことかわかりません。お世話になった方の門出の記念パーティーを断り、何を断りかにを断り、と。
またある時は、朝からものすごいカミナリが鳴っていた日もありました。もうカミナリだけは、歯医者さんと並ぶほど苦手なのに、まいったな、と思いながらも参加。ある時は台風が来ていて平均20mくらいの風が吹いていました。その日は私と山梨そうじに学ぶ会の代表世話人だけでしたね。
私の知る限り、その代表世話人は全て来ていました。当時は、県警の幹部でしたから、私には到底思い及ばないほどの多忙だったはずですが、まさに「一切の例外を作らずに行う」ことを身をもって教えられた体験でした。
「商売」でもない「利益」でもない「1円の得にもならない」こと、というのは続けるのはもちろんのこと、行うこともなかなか皆さんやらないことなのではないかなあと思います。しかし、ここにキーがあるのではないかなとも思うのです。
さて、ブログが間延びしてきた感があるので、一旦ここで切り上げようと思いますが、はがきを通して出逢ってきた方を年表風にまとめようかとも思ったのですが、著名人でもない私がそんなことをしても面白くないので、出逢った方とのエピソードを中心にお話させて頂きました。
過去、私の講演会に参加してくださった方は、既にお聞き頂いている内容ですけれども、講演では数分で話せるエピソードもブログで書こうとすると、こんなにも長くなってしまいますね。
それでは本日も佳き一日をお送りできますように。
お読み頂きありがとうございます(^-^)v